個人の海外投資が国力を上げる?――2025年の日本から考える「投資」という行為の本質
2025年の年末、私はこの文章を書いている。
今年、日本の医療機関では過去最多ペースで倒産が相次ぎ、地域医療の崩壊が現実味を帯びてきた。一方で、ソフトバンクグループは過去最高益を記録し、国内企業の中でも屈指の収益力を見せつけた。
この二つの出来事は、一見まったく無関係に見えるかもしれない。だが、私はここに「株式投資」という視点から、ある共通項を見出している。
医療機関の苦境と制度の限界
2025年上半期だけで35件以上の医療機関が倒産し、これは過去最多のペースである。背景には、光熱費や建築資材の高騰、建物の老朽化、人件費の上昇などがある。だが、最大の問題は、価格を自ら決められない構造にある。
日本の医療機関の収入源は、国が定める診療報酬である。診療行為ごとに点数が割り振られ、1点=10円という単価で計算される。たとえ円安が進行し、輸入医療機器やエネルギーコストが高騰しても、診療報酬はすぐには変わらない。病院が勝手に価格を上げることは許されていないのだ。
この構造は、医療に限らず、教育、介護、公共交通など、公的価格に依存する産業全体に共通する問題である。つまり、外部環境が激変しても、価格を柔軟に調整できないため、コスト増に耐えきれず倒れていく。
ソフトバンクの最高益と「未来への投資」
一方、ソフトバンクグループはどうか。
同社はAIブームが本格化する以前から、アメリカの有望なベンチャー企業に積極的に投資してきた。OpenAI、NVIDIA、Armなど、世界のテクノロジーの中枢を担う企業群に早期から資本を投じ、その果実を今まさに収穫している。
この成功には、もう一つの要因がある。「円安」だ。
2025年現在、1ドル=150円前後。10年前の1ドル=90円と比べると、円の価値は約4割も下落した。仮に2015年に1億円をドルに替えてアメリカ株に投資していたとすれば、為替差益だけで約1.6倍、さらに株価の上昇が加われば、資産は2倍以上に膨らんでいた可能性がある。
皮肉なことに、日本の通貨価値の低下が、海外資産を持つ者にとっては「追い風」となっているのだ。
株式投資とは「未来を買う」こと
ここで改めて問いたい。株式投資とは何か?
それは、単なる「お金儲け」ではない。
未来に対する信頼と、構造的な理解に基づいた「参加」である。企業の成長に資本を提供し、その成果を分かち合う。これは、資本主義社会における最も根源的な「共創」の形だ。
ソフトバンクのような大企業だけでなく、私たち個人もまた、未来に投資することができる。たとえば、米国株や全世界株式(オルカン)に長期投資することで、世界の成長企業の一部を自分の資産に取り込むことができる。
日本人はなぜ「投資で損をする」のか?
「株式投資は9割が負ける」とよく言われる。
確かに、短期売買や情報に踊らされた投機的な投資では、損をする人が多いのも事実だ。だが、それは「投資」ではなく「投機」である。
さらに、日本の株式市場の約7割は海外投資家によって売買されている。つまり、日本企業が生み出す利益の多くは、海外の投資家に配当として流れている。そして、株価が下落したときに損失を被るのは、往々にして日本の個人投資家だ。
この構図は、まるで「親の収入に依存する子ども」のような状態だ。自ら価値を生み出すことなく、既存の仕組みに依存し、変化に対応しない。日本人の金融リテラシーの低さは、もはや国家的な課題である。
「価値を創れない」なら「価値に乗れ」
もちろん、すべての人が起業家やイノベーターになれるわけではない。
海外に通用するようなプロダクトやサービスを生み出すのは簡単ではない。だが、世界の成長に「乗る」ことは誰にでもできる。
たとえば、全世界株式(オルカン)やS&P500といったインデックスファンドに投資すること。これは、世界中の企業の成長を自分の資産に取り込む行為であり、「自分の働き方や収入に依存しないもう一つの経済圏を持つ」ということでもある。
「お米券」より「証券口座」を
これまで投資や為替に関心がなかった方も、
ガソリン補助やお米券のニュースに一喜一憂する日々から、少しだけ視点を変えてみてはどうだろうか。
たとえば、証券会社に口座を開いてみる。
最初は少額でも構わない。月1万円からでも、世界の成長に参加することはできる。
私自身も、最初は不安だった。だが、少しずつ投資を学び、実践する中で、「お金が働く」という感覚を得ることができた。
投資は、特別な人だけのものではない。
未来の不確実性に備える手段として、そして世界の成長に参加する手段として、誰にでも開かれた選択肢なのだ。
投資は「国力」への逆流を生むか?
最後に、タイトルの問いに戻ろう。
「個人の海外投資が国力を上げる」ことはあるのか?
答えは、「間接的には、あり得る」だ。
個人が海外資産から得た配当や売却益を国内で使えば、それは消費や投資として日本経済に還元される。さらに、金融リテラシーが高まれば、社会全体の資本効率も上がる。国が守ってくれる時代が終わりつつある今、個人が「世界に接続された経済主体」として自立することは、結果的に国の底力を支えることにもつながる。
終わりに:未来は「選べる」
株式投資とは、未来を買う行為である。
そして、未来は誰かに与えられるものではなく、自ら選び取るものだ。
医療機関の倒産とソフトバンクの最高益。
この二つの出来事は、私たちにこう問いかけている。
「あなたは、どちらの構造に身を置くのか?」
未来に向けて:小さな一歩が、構造を変える
私たちは、変化のただ中にいます。
円安、物価高、制度疲労、そしてテクノロジーの急速な進化。これらはすべて、私たちの暮らしや働き方、そして資産のあり方に影響を与えています。
こうした時代において、「投資を通じて世界とつながる」ことは、もはや一部の富裕層や専門家だけの特権ではありません。
むしろ、変化の波に飲み込まれないために、誰もが持つべき選択肢の一つなのです。
もちろん、投資にはリスクがあります。だからこそ、学びながら、少しずつ、無理のない範囲で始めることが大切です。
そして、「自分の未来を自分で設計する」という意志を持つことが、何よりのリターンになると私は信じています。


