偏見はあなたを温めない──焼け跡の金庫と50円札10枚の記憶

夫の実家は、かつて地元で名を馳せた大地主だったという。 広大な敷地に、母屋と離れ、そして苔むした蔵がひっそりと佇んでいた。 「高祖父の代には、村一番の金持ちだったらしいよ」 夫がそう言ったとき、私は半信半疑だった。けれど、ある日その“伝説”が現実味を帯びる出来事が起きた。

母屋の建て替えに伴い、蔵の取り壊しが決まった。 長年開かずの間だったその蔵には、古びた農具や壊れかけた箪笥、そして埃をかぶった木箱が積まれていた。 その奥に、異様な存在感を放つ鉄の箱──金庫があった。

腰の高さほどあるその金庫は、表面が黒く煤けていた。 かつて母屋が火事に見舞われたときの焼け跡だという。 鍵は失われ、誰の記憶にもないまま、長い年月を閉ざされていた。

業者を呼んでこじ開けてもらうと、中には古びた紙幣が10枚──「五拾圓」と記されていた。 それは、まるで時代の欠片がそのまま封じ込められていたかのようだった。

※注釈:この「五拾圓」は、1921年(大正10年)に発行された紙幣で、当時の大卒初任給が50円だったことから、1枚で1か月分の給料に相当する大金でした。現代の価値に換算すると、1円 ≒ 約6000円とされ、50円は約30万円、10枚で約300万円相当の価値に匹敵します。

古美術商に見せると、彼は紙幣を光にかざしながら言った。 「これは大正期の50円札ですね。当時の価値は今で言えば1枚30万円ほどですが…」

しばし沈黙ののち、彼は続けた。 「ただし、骨董市場では並品で1枚6000円程度。10枚でも6万円ほどです」 つまり、歴史的価値はあるが、金銭的価値は思ったほどではないということだった。

私は思わず苦笑した。 「300万円のはずが、6万円…」 夫も肩をすくめた。「まあ、夢は見られたってことで」

だが、金庫の外に一緒に出てきた掛け軸は違った。 桐箱に丁寧に収められたその掛け軸を広げた瞬間、古美術商の目が見開かれた。

「これは…保存状態も良い。作者も名のある人物です。 数百万円の価値がありますよ」

思えば、この土地もそうだ。 高祖父が残した広大な敷地は、今もなお価値を保っている。 価値を失ったのは現金だけだった。 紙幣は時代とともに価値を失い、美術品と不動産は、時を超えて価値を宿し続けていた。

まとめ

この物語は、実話をもとにしたフィクションです。

※注釈:「毎年物価が上昇している」ということは、円の価値(購買力)が少しずつ低下しているという意味でもあります。 100年前の50円が今の30万円に相当するように、現金は時間とともに価値を失う資産です。

だからこそ、金融リテラシーは「未来の自分を守る知識」なのです。

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